サンバ・テンペラードと黒いTシャツ

今のところ、私の人生で最後にデートしたのは7年前である。

 

私たちは街コンで出会った。

彼は桑野くん(仮名)という、五歳年下の男だった。私は30代で、彼は20代だった。年齢差なんてたいしたことじゃないと人は言うけれど、実際にその場に立つと、そういう数字は案外しつこく頭の隅に残るものだ。

 

彼はヤニカスだった。

 

今思い返すと、野生爆弾のロッシーに少し似ていた気もする。とにかく、私は彼の顔が好きだった。

 

街コンには何人もの男がいたけれど、その中で「絶対この人がいい!」と思える見た目だったのが彼だった。

街コンという社交の場なのに、彼は誰とも話さず展示物を熱心に見ていた。不器用というかマイペースというか、そういうところにも妙に惹かれてしまった。

 

私たちは連絡先を交換し、街コンはお開きになった。

そして帰りの電車に乗ってしばらくしたころ、彼からメッセージが届いた。

「もう帰っちゃいましたか?これからご飯行きませんか?」

 

人間がほんの少しだけ空中に浮くことができるのだとしたら、たぶんあの瞬間、私は地面から3センチくらい浮いていたと思う。

 

##1回目のデート 休日の官公庁街

たしか築地の近くの洋食屋さんに入ったと思う。

そこで彼はいろんなことを話してくれた。

父親を早くに亡くしたこと。高校の頃はなんとなく無気力で、授業をよくサボっていたこと。大学に入ってからは、公務員になるための勉強に明け暮れたこと。

 

その話を聞きながら私は、

「この人、いい感じにダメで、いい感じにちゃんとしてるな」

と思った。

 

食事のあと、彼が歩くのが好きだと言い出して、二人で休日の官公庁街をずっと歩いていた。気がつくと私たちは、国会議事堂のあたりまで歩いていた。

 

並んで歩きながら、とりとめのない話をした。

でもその時間は、なぜだかとても満ち足りていた。

今振り返ると、あれはたぶん、とても幸せな時間だったのだと思う。

 

##2回目のデート 雨の秋葉原

2回目のデートは、平日の仕事帰りに秋葉原で夕飯を食べた。

 

その日、私はつくばに出張していて、つくばエクスプレスで同僚たちと秋葉原まで戻り、駅のトイレで念入りにメイクを直した。好きな人に会う前の女は、だいたいそういうことをする。

 

川沿いのビールの店はとても洒落ていて、私はほとんど幸福の頂点にいた。

 

そのあと、2軒目に行くことになった。

正直なところ、私はどこでもよかった。近くにあった銀座ライオンに入ろうかと思っていた。すると彼は「ちょっと待った」と言って、店の前の食品サンプルのところへヒョコヒョコ歩いて行った。そして、なぜかそれをじーっと見ている。

 

しばらくして戻ってきて

「違う店にしよう」

と言った。

 

今でも、あれが何だったのかよくわからない。

 

結局、私たちは雑居ビルにあるチェーンの居酒屋に入った。カウンター席に並んで座った。

彼は「ごめん」と言いながらタバコを取り出した。私は彼のことが好きだったから、副流煙さえもありがたい気持ちで吸い込んでいた。

 

彼には、タバコを吸う前に机にトントンと軽く打ちつける癖があった。

 

「それ何?」

「こうすると美味くなる気がする」

 

店を出ると、大雨が降っていた。

彼は傘を持っていなかったので、私の折りたたみ傘で駅まで相合傘をした。彼が傘を持ってくれた。けれど、その手は驚くほど冷たかった。私は思わずその手を両手で包んだ。

 

私の手についた雨と、彼の手についた雨が混ざり合って、なんだか溶けていくような気がした。

 

駅に着いたときには、もう終電が近かった。

私は「またね」と言って、かなり慌てて改札へ駆け込んだ。

 

そのとき彼は、何か言いたげに口をぱくぱくさせていた。

 

今になって思う。

もしかするとあれは、「今日は帰したくない」という合図だったのだろうか。

 

いや、違うのかもしれない。

人間、あとから都合よく考えるものなのである。

##3回目のデート グレーっていいよね

3回目のデートは、浅草からスカイツリーへ向かう散歩のような一日だった。

 

人混みの中から、白いシャツを着た彼が現れた。

その瞬間、胸が高鳴った。ああ、やっぱり私はこの人が好きなんだ、と思った。

 

その日は地方の物産展をのぞき、浅草寺にお参りをして、甘味を食べたりした。

途中で、『月曜から夜ふかし』取材らしきものを見かけた。

私は内心(後ろの方に映り込んでいたりしないだろうか)とちょっと期待した。

ちょっとした記念写真みたいなものだ。

 

スカイツリーのプラネタリウムにも入った。

ただ、上映直前までビールを飲んでいたのがまずかった。後半はずっと尿意との決闘だった。

 

普通なら、暗い空間の中でふと手が触れたりして、ロマンチックな展開になるのかもしれない。

でも私の頭の中はそれどころじゃなかった。

 

早く終われ、早く終われ。

波の音を聞きながら南の島の星空を再現――とか、そういう説明はもういい。勘弁してください。そんなことばかり考えていた。

 

夕飯は、あの金色のオブジェが乗ったビルの近くにある高層レストランを、彼が事前に調べてくれていた。

でもその日は貸切か何かで入れなかった。

 

それでも、事前に店を探してくれていたことが嬉しかった。

結局近くのおしゃれな店に入って食事をした。

 

そのとき、彼のスマホカバーはグレーで、私の財布もグレーだった。

「グレーっていいよね」

そんな会話をしたことを、なぜか今でも覚えている。

 

店を出たあと、外の喫煙コーナーで彼が「ごめん」と言ってタバコを吸いはじめた。

私はその姿に見とれていた。

 

やがて別れの時間が来た。

 

家に帰ってから、彼からLINEが届いた。

「あのあと腹が減って、ラーメン食べて帰った」

##4回目のデート 休日夜のパレスサイドビル

4回目のデートは、銀座から竹橋、そして神保町へと歩く一日だった。

そのあたりは、私が昔勤めていたこともあって、土地勘があった。

 

まず銀座で、「ちびまる子ちゃん展」を見た。

それから銀座の「俺の」系列のカフェでランチを食べた。

 

夏だった。

でも店を出ると、彼は「寒い」と言った。見ると、本当に唇が少し紫になっていた。

この人は案外、体の弱いのかもしれない、と私は思った。

 

次の目的地は竹橋の美術館だった。

私たちは歩きながら、ゆっくり体を温めていった。途中で将門塚にも立ち寄った。

 

彼は少し嬉しそうだった。

私はその横で、心の中で将門にお願いした。

 

(そなたの力が本物ならば、この隣にいる男を私の夫にしてみせよ)

 

将門もまさか、何百年後に恋愛成就を頼まれるとは思っていなかっただろう。

 

竹橋の美術館で、展示を見るために眼鏡をかけると彼は「いいね」と言った。

それだけの言葉だったけれど、私は嬉しかった。

 

夜は神保町の適当な店に入ってクラフトビールを飲んだ。

 

帰り道、彼はまたタバコを吸いたくなったらしく、少しそわそわし始めた。

だから私は、パレスサイドビルの喫煙所まで連れて行ってあげた。

 

彼はいつものように「ごめん」と言って喫煙所に消えてゆき、

私は休日夜の誰もいないパレスサイドビルにぼんやりと佇んでいた。

##5回目のデート 「サンバテンペラード」と「炎のおくりもの」

5回目のデートは、私のリクエストで、彼の車で海ほたるへ行くことになった。

 

私は事前にネットで調べ、「海ほたるは夜がおすすめ。行く前にお台場の大江戸温泉物語で時間を潰すとよい」と書いてあるのを見て、その作戦を採用した。

 

行きはゆりかもめに乗って、一人で大江戸温泉物語まで向かった。

しかし、その途中で小さな災難が起きた。黒いワンピースのふくらはぎあたりに、中国人観光客の赤ちゃんから吐かれてしまったのだ。

 

最悪だった。

 

本来の計画では、大江戸温泉で火照った体に浴衣をまとい、彼を「おっ」とさせる予定だった。

でも現実は、少し違った。

 

彼は先に風呂から上がって一人でコーラを飲んでいた。しかも浴衣を肩までめくり上げていて、どこか田舎の夏祭りにいるヤンキーみたいな格好だった。

私は内心(あれ?)と思った。

 

サウナでは、隣のカップルは膝枕でいちゃいちゃしていた。

その横で私は、彼が真顔で話す「次のパソコンはHDDじゃなくてSSDに変えようと思う」という会話を聞いていた。

 

でも岩盤浴で、彼の隣の場所が空いたとき、

「空いた!空いた!」

とポンポン床を叩いて呼んでくれた時は、嬉しかった。

やっぱり私は、この人が好きなんだと思った。

 

帰り際、これから彼の車に乗せてもらうのに、ワンピースに吐瀉物をつけたままというわけにはいかない。私は脱衣所で必死にそれを洗い、弱々しいドライヤーで乾かした。

 

車に乗るとき、私は人生で初めて異性の車に乗るのでどうしていいのかわからず、つい「おじゃまします」と言ってしまった。

 

彼も彼でどうしたらいいのか迷っている様子で、「これ聴く?」と言って差し出してきたのがユーロビートだった。

私は丁重に断った。

 

その代わり、彼が『カリオストロの城』の「サンバ・テンペラード」が好きだと前に言っていたので、その曲が入っているサントラCDを持参し、流してもらった。

 

フジテレビの横で信号待ちをしているとき、「炎のたからもの」が流れた。

すると彼が、ふいに歌い出した。

原曲キーで裏声で。

 

(こんな一面もあるのか)と私は少し驚いた。

 

車はやがて、海ほたるへ到着した。

そして正直なところ、少しムードがよければ、手をつないだり、もしかしたらその先ぐらいまでいけるのではないか、と淡い期待もしていた。

 

しかし現実は、また少し違った。

 

海風に当たった彼は「寒い」と言い出し、唇を紫にし始めた。

周りにはバックハグで夜景を見ているカップルがいた。

 

でも私たちは特に何の接触もないまま、彼が言った。

「よし、帰るか!」

 

帰り道、彼は私が当時住んでいた阿佐ヶ谷方面まで送ってくれた。

ただ、都内の道を運転することにはかなり緊張している様子だった。

 

ちょうど私がいつも会社から40分かけて歩いて帰っている道に差しかかったので、私は言った。

 

「あ、ここいつも私が帰ってる道なんだよ」

 

すると彼は少し安心した顔をして、こう言った。

「え?じゃあここで降ろしていい?バス来てないし、今チャンス」

と言って、すっと路肩に車を止めた。

 

正直、その場所はまだ帰り道の序盤で、そこから家まで徒歩30分くらいあった。

でも私はそれを言えなかった。

「あ、うん。ありがとう」

そう言って車を降りた。

 

そのあと30分歩いて帰った。

家に着いたころ、彼からLINEが届いた。

私は「無事に帰れた?」みたいな連絡だと思った。

 

でもメッセージはこうだった。

 

「やっぱり下道最強だったわ!」

##最後のデート 黒いTシャツ

最後のデートは池袋だった。

ディカプリオの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を一緒に観た。

 

それは久しぶりのデートだった。

 

私はなんとなく「最近何してたの?」と聞いた。

彼は少し考えてから、「友達とフットサルとかしてた」と言った。

その瞬間、私はなんとなく察した。

 

彼はポテトを食べながら、指を黒いTシャツの腹のあたりで拭った。

 

男の人が黒いTシャツを着ると、黒の面積が大きくなる。

そのとき私は、少しだけ怖いなと思った。

 

映画館では、彼が「映画の前にタバコが吸いたい」と私は先に席に座っていた。

しばらくして暗い劇場の階段をズンズンと上がってくる人影があった。

 

彼だった。

そしてそのまま、私に覆いかぶさるみたいにして、私の左隣に座った。

そのとき私は、ほんの少しだけ怖いと思った。

今まで何度も会っているはずの彼なのに、ふいに「男」を感じてしまったからだ。

 

映画は2時間51分の大作だった。

そして案の定、またしても私の膀胱は限界に近づいていた。

 

もうクライマックス?

ここで離席したらもったいない?

お願いだから、もう終わってくれ。

勘弁してください。(2回目)

 

結局、エンドロールが流れ始めた瞬間、私はトイレに走った。

 

そのあと、夕飯はピザを食べた。

ピザを食べながら、私は言った。

 

「次は江ノ島デートがしたい」

 

叶えられる程度のクエストを与えるのがいい女だと思ったから。

それに次の予定があればまた会える希望が得られるから。

 

彼は少し間を置いてから、こう言った。

 

「……行くか!」

 

 

 

江ノ島のデートは、結局行われなかった。

 

気がつくと彼からのメッセージの頻度が、目に見えて減っていった。

 

前はキャッチボールみたいだった。

投げれば返ってきて、返ってきたらまた投げる。そんな普通のリズムがあった。

 

でもいつのまにか、そのリズムが崩れていった。

私が投げたボールは、返ってこなくなった。

 

それでも私はルールを守ろうとしていた。

LINEはキャッチボールであるべきだし、男は追わせた方がいい。そんな恋愛の理屈を信じていた。

 

だけど、あるとき一度だけ、そのルールを破った。

 

まだ返事が来ていないのに、新しいメッセージを送った。

「やっほー、久しぶり。最近どう?」

 

すると返ってきたのは、なんともそっけない返事だった。 

私はそれを読んで、だいたいのことを理解した。

 

プエラリアと、五月の遠回り

中高大と女子校で育った私には、恋愛というものに関して、あまりにも多くの空白があった。だからこそ、新卒で入った会社で、隣の席に座っていた木川くん(仮名)に恋をしたのは、ある意味でとても自然な成り行きだったのかもしれない。

 

木川くんは小太りで、色白で、ガチャピンみたいに丸くて垂れた二重をしていた。派手さはなかったけれど、誠実そうで、チャラくもなく、極端に陰気でもない、ちょうどよいバランスの持ち主だった。そう、バドミントン部の男子みたいな、そんな感じの人だ。

 

彼は私の小さなボケにも律儀にツッコミを入れてくれたし、朝食に持参した薄皮クリームパンを一つ分けてくれたりもした。同期の間では「ふたり、もう付き合っちゃえばいいのに」と言われるくらいには、私たちはいい雰囲気だったし、彼もそれをまんざらでもなさそうに受け入れていた。

 

だから、私は幸せだった。本当に。研修は3ヶ月もあって、私の家からは片道2時間半もかかったけれど、それでもまるで苦じゃなかった。彼に会えるなら、山手線でも総武線でも南武線でも、どこまでも乗っていけそうな気がした。

 

初任給が出たとき、私は迷わず「プエラリア・ハーバルジェル」を買った。いわゆる豊胸ジェルだ。世の中にはいろんな使い道があるけれど、私にとってはそれが必要だった。同期が親に新茶を贈ったりしていた頃、私は風呂上がりにせっせとそのジェルを胸に塗っていた。鏡に映る自分の姿がほんの少しだけ変わったような気もしたけれど、あれはたぶん、塗りすぎて腫れていただけだろう。青春は、時にとても局所的に火を吹く。

ついでに、同封されていたチラシにあった「ヌレヌレリップ」も買った。名前がひどくても、恋してると人は盲目になるものだ。

 

でも、研修が終わって配属先が別々になってから、彼とのメールは次第に間隔があき、やがて途絶えた。何がいけなかったのか、私にはわからなかった。イヤホンを耳にねじ込んで、CUNEの「リフレイン」を大音量で流しながら帰った夜のことを、今でもよく覚えている。あのとき、耳なんて聞こえなくなってしまえばいい、と思った。

 

後になって、同期の世話好きなチャラ男が教えてくれた話では、木川くんには大学時代から関係のあったバイト先の女子高生がいて、その子との関係がまた戻ったらしい。

そして、彼は私のことを「ちょっと怖かった」と言っていたそうだ。

 

でも、それも仕方のないことだろう。人生には、そういう役回りってものがある。たとえば、誰かの青春の脇役になることとか、プエラリア・ハーバルジェルの空き容器をそっと捨てることとか。

 

いずれにせよ、それはもう、私のなかではひとつの物語として完結している。甘くて、ほろ苦くて、ちょっとだけバカバカしい。でも、間違いなく僕らしい青春のかたちだった。

 

新卒時代の無駄に終わった豊胸ジェルの話をcharGPTに村上春樹風にしてもらいました。

 

初めての手作りバレンタイン(31歳)

あれは、私が三十一歳の時の事だった。

派遣社員として、静かに、世間と折り合いをつけながら生きていた。

休職中に出会った大隅くんのことを、今でもときどき思い出す。彼は、世界に点在する静かな奇跡みたいな存在だった。彼に恥じない生き方をしよう。そう思った私は、休職が長引いていた新卒で入った会社をあっさり辞めた。

人生は、たぶん、ほんの少しだけリズムを取り戻した。

そして私は、もう一度、人を好きになれるかもしれないと感じはじめた。

初めて婚活パーティーという場所に足を踏み入れたのも、その頃だ。

 

そこで出会ったのが、梶原さん(仮)だった。

彼は都営地下鉄の駅員で、俳優の梶原善に似ていた。

黒縁の眼鏡をかけ、ギンガムチェックのシャツを着ていて、八嶋智人のような知的な可愛らしさがあった。

正直に言えば、以前好きだった大隅くんとは、ずいぶん違っていた。

大隅くんは、大谷翔平と巨人の岡本和真を足して二で割り、そこに韓国俳優のソン・ジュンギを少し混ぜたような、非現実的な笑顔の持ち主だった。

でも梶原さんは、もっと現実的だった。私の隣に並んでいても、奇妙な違和感がなかった。

本当の恋って、もしかすると、こういう人と育まれるものなのかもしれない。

そんなふうに、私は思った。

 

私たちは二度だけ会った。

最初のデートで、彼はチェーン店の居酒屋に私を連れていった。

焼き鳥が食べたいと言ったのは私だった。だから、文句を言う筋合いはなかったけれど、心のどこかで、「初デートって、こんなものだろうか」と思った。

本当に私を落としたいと思っているなら、もっと背伸びした店を選ぶのではないか。

そんな気持ちが、グラスの氷みたいに、静かに心の中でカランと鳴った。

でも、気取らないところも、悪くないと思った。

 

二度目のデートは、新宿のおでん屋だった。これは私が提案した。

そしてその夜、バレンタインが近いこともあり、私は手作りのチョコブラウニーを彼に渡した。

異性に手作りのお菓子をあげるなんて、人生で初めてだった。

好きで好きでたまらないわけじゃなかったけれど、きっとこの人と人生を進めて行くことになるんだ、という私なりの覚悟と礼儀だった。

彼は、ブラウニーを受け取ると、言った。

 

「今、歯の矯正してるから」

 

その後、お母さんにあげるかもしれない、と言った。

私は笑ったふりをして、その場をやり過ごした。

 

それから何度か、LINEのやりとりをした。

彼は、どこか遠くを見つめるような返事をした。

それでも私は、彼を諦めなかった。

私たちは、あの大勢の中でお互いを選んだのだ。

それは、きっと何かの縁だったのだと、思いたかった。

 

ある日、彼からLINEが届いた。

通知には「仕事って難しいですね」と表示されていた。

私は、仕事の合間にふとそれを見て、帰りの電車でちゃんと読もうと思った。

でも帰り道でLINEを開くと、そこには「メッセージは取り消されました」とだけ表示されていた。

 

それで、すべてが終わった。

 

私の、人生で最初の手作りバレンタインは、ホワイトデーを迎えることなく、静かに幕を閉じた。

 

 

 

 

婚活で出会った人との人生初めてのバレンタインの思い出をchat GPTに村上春樹風にしてもらって供養しました。

塩で除霊された恋

私が大隅くん(仮)と出会ったのは、私がちょうど三十歳になった年だった。

彼は二十五歳で、仕事はきびきびと有能だったし、週末には英会話学校に通ったりしていた。

いわゆる、きちんとした子だった。

そして私は、一目で彼に惹かれた。たぶん、そのきちんとした感じに。

 

彼のほうからデートに誘ってくれた。最初は神宮球場で野球観戦だった。

スコアボードの光が夜の空気を青く染めていた。

二度目は、彼行きつけのスーパー銭湯だった。

それからクラフトビールの店に行った。

店員が「女性を連れてきたの、初めて見たよ」と言った。

大隅くんは曖昧に笑って、ビールグラスの縁を指でなぞった。

 

食事の終わり頃、彼が聞いた。

「前の彼氏とは別れて、どれくらい経つの?」

 

私はビールを一口飲んで、正直に言った。

「実は、付き合ったことないんだ」

 

言ってしまったあとで、少しだけ胸がすうすうした。

まるで、古い小さな冷蔵庫の扉を開けた時みたいに。

 

それから、私はさらに勇気を出して言った。

「手も、繋いだことないんだ。だから手、繋いでみたいな」

 

そう言って、テーブルの上にそっと片手を差し出した。

大隅くんは黙って私の手を見つめた。

その瞳の中に何が映っていたか、今でもうまく思い出せない。

 

それから彼は、テーブルに置かれていたプレッツェルを一つつまみ、

それについていた岩塩の欠片を、ぽとりと私の掌に落とした。

 

何か言わなきゃ、と思ったけど、適当な言葉が見つからなかった。

だから私は、間抜けな声で言った。

 

「あざーす!」

 

そして、手の中の塩をぎゅっと握りしめた。

 

店を出ると、彼はビニール傘をゴルフクラブみたいに持って、素振りを始めた。

ひゅっ、ひゅっと音を立てながら、歩道を行ったり来たりした。

手を繋ぐタイミングは、もうどこにもなかった。

 

別れ際、彼は小さく手を振った。

そして、彼からの連絡は、二度と来なかった。

 

後日、その話を会社の先輩にしたら、

「それ、塩で除霊されたんじゃないの?」

と笑われた。

 

私も笑ったけれど、なんとなく納得してしまった。

 

たぶん私は、そのとき確かに、小さな霊みたいなものだったのだ。

塩をひとつまみ、手に乗せれば、消えてしまうくらいに、透明な。

 

 

 

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嫌な事を忘れる方法

ネットで検索しても出てこないから残すことにしました。

 

嫌なことが頭から離れない。

 

「深呼吸しろ」だの「夢中になれる好きな事しろ」だの「出掛けて気分転換しろ」いろいろ書いてあるけど私はダメ、効きませんでした。

そこで私が効いた方法を記しておこうと思います。

 

その①嫌な事の煙が漏れ出てくるパイプを塞ぐイメージをする

手軽性★★★★★

持続性★★★⭐︎⭐︎

夜中ベッドでもできるのでお手軽でおすすめです。

なんか嫌だ、嫌だと言いながら自分からわざわざ思い出しちゃってんだなーと実感。

 

その②他人に親切にする

手軽性★★⭐︎⭐︎⭐︎

持続性★★⭐︎⭐︎⭐︎

かの有名なアンパンマンもなんで人助けるの?って聞かれてこう言う「なんだか胸のここがホカァってすんだよ」

改札を譲ってあげる、進行方向を譲ってあげる、エスカレーターの列に入れてあげる…なんか胸がホカァってして一瞬、捨てたもんじゃないな、自分、って思えんのね。

自己肯定感が上がるのかな、知らんけど。

とにかく人に親切にする事は自分の精神衛生にもよろしい。

 

その③めっちゃ喋るおばさんとランチ行く

手軽性★⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

持続性★★★★★

これが言いたかった。今回一番びっくりしたやつ。

人の話題取る系のおばちゃん2人とランチに行ったら、言葉のシャワー。否、激流。

私「この前、鯛が…」

オバ「タイ!タイといえば昔いた田井部長!田井部長ったら…」

こんなんが1時間。

ランチ後は滝行を受けた後のような、嵐の後の静けさというか、その前までモヤモヤ頭をよぎっていた嫌なことがすっかりかすんでしまった。

荒治療だけど効果は絶大だった。

 

結局ね、嫌な思い出って絶対薄まるのよね。

消えることは無くても、薄くはなる。

その薄くするスピード、力が人それぞれなだけで。

みんな、頑張って辛抱しとこ。

キュア男キュア成人女性

男のプリキュア誕生

成人女性のプリキュア誕生

 

だめだ、つっかかってしまう。

私の中の鈴木雅之が歌い始める。チガウチガウ

 

裏を返せば男"でも"プリキュアになっていいし成人女"でも"プリキュアになっていいよ に見えてしまう。

つまりは本当はイレギュラーってこと。

 

そうじゃなくて、あのプリキュアはちなみに男、あのプリキュアはちなみに成人女性 がポリコレのあるべき落とし所のように感じる。

 

これは社会にも言えることで「女性の管理職を◯◯%以上に!」に私はずっと違和感を感じていた。

これだと能力が無くても「女であるから」という理由だけで数合わせで管理職になれる人が出てしまい逆差別となる。

そうじゃなくて「性別度外視で管理職にしましょう」が落とし所。

 

(その点パーマンなんかは当たり前のようにチンパンジーパーマンやっててポリコレポイント100万点 と思いきややっぱちょっと違和感感じちゃうの難しいな)

 

でも一番悪いのは、良かれと思ってやった事にいちいち突っかかる私みたいな人間。

物事をつまらなくする。

善意を善意として受け取れないってほんと害悪だわー。

唇ふさいで何も言わせない

 

従姉妹

同い年の従姉妹の誕生日だった。

大好きで会ったらいつもべったりだった。


この前スキャナした昔の写真を送ってお祝い伝えようとした。


「◯◯、お誕生日おめでと〜

 この前かわいい写真発掘したから送るね」


打とうとして、ふと指が止まった。

従姉妹はもう2人子供がいて、もうすぐ3人目が生まれる。


きっと今頃、従姉妹似のかわいい姉妹たちがママの誕生日を祝ってるに違いない。

急に自分が邪魔者に思えた。


ここは大人がしゃしゃるところじゃない。

祝う気持ちを胸にBBAは身を引いた。


私だけがあの頃に取り残されたまま。

ちょっと寂しいな。

でも大人になるってこういうことだよね。


お誕生日おめでとう。